「腹話術]腹話術の魅力(2)

piccoro-ecco2009-02-03


昨日に引き続き、聖マリアンナ医科大学 医学部長尾崎承一さん の随筆です。
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腹話術の魅力(2)

 腹話術を始めて二年八ヶ月になる。大勢の人様の前で演じさせていただいた回数も二十七回を数えた。もともと老後の楽しみの準備のつもりが、今や現役の楽しみになっている。相棒の人形は目と口が動く本格的な人形で、亮太と名付けて家族の一員となっている。自分も周りも皆楽しくなる、それが腹話術の魅力だと思っている。

 これまでの演技の中で最も気を使ったのが、半年前に受けた昇級試験である。舞台の袖で自分の出番を待つ間、口はカラカラ、心臓はバクバクで、相棒の亮太と励ましあって緊張に耐えた。そして、クスリとも笑ってくれない審査員の前で演じたが、なんとか四級を頂戴した。しかし、昇級試験でない出番の前も緊張する。

 学術的な講演ではそうでもないのに、腹話術の演技の前にはなぜ緊張するのか。それは、腹話術の演技が「自分ひとりでない」からだと思う。つまり、自分以外の人格を持つ人形が、ちゃんとセリフをしゃべり、ちゃんと独立して動いてくれなければならない。その保証がないからこそ緊張する。人形のセリフも動きも自分がすることなのに、いや自分がするが故に、うまくできるかどうかが不安になるのである。自分の中に別の人格(人形)を作り出して、その人形と会話をするような状況。人形の動きは自分にとってはあくまで予想外であり、それに驚いたり感心したり、初めて遭遇したかのような応対をせねばならない辛さ。しかし、それがまた格別のおもしろさでもあり、演技の後はまことに爽快である。

 医科大学の使命は、医学生に医学の知識・技能を教えると共に、医師としての態度や豊かな感性を育むこと、いわば、医学とリベラルアーツの教育である。先日、聖マリアンナ医科大学の私の部屋にお越しになった村山正博前々学長から、「腹話術こそ最高のリベラルアーツ。医学教育に活かしなさい。」と励ましのお言葉をいただいた。やはり、老後の楽しみの前に、現役の楽しみが続くようである。


出典:
 「日本医事新報 No. 4419 2009年1月3日号 炉辺閑話2009 70-71ページ」より引用。